〜秋刀魚の味〜 2004.12.28 |
便風の欄をいつも読んで感想を下さる友人が投稿してくださいました。 映画好きの、解説上手な岸さんらしいお嬢様を嫁がせた父親の情感溢れる便風です。 少し長い(これでも少しカットして怒られました)ですが番外編です。皆様もお便りお寄せください。 淳子記 この秋、娘が嫁いで行った。 式場に向かう車中、娘は昨夜改まって挨拶が出来なかったことをごめんとつぶやいた。 初めて娘を送り出す花嫁の父すなわち私は、旧い映画で岩下志麻が父親の笠智衆に嫁ぐ朝、万感こめて言葉にならず、父は娘の手をとり「しっかりおやり」と声をかけ、娘は黙ってうなずいた。その場面を思い出していたのだけれど。 純白のウェディングドレスの娘を左腕にエスコートして祭壇に向かう。夫となるナンちゃんに引渡し、「こんな事どこの父親もがやる事よ」と思う。。 娘は独立心の強い子だった。厳しい就職戦線の中で、羽田をベースとする国内線の客室乗務員となった。 あれから七年、娘は故郷に帰り、高校時代の同級生と結婚することとなった。ナンちゃんは高校時代、帰宅の高速艇の代金が不足した時は千円を借りにわが家に来てたらしい。そのナンちゃんのお陰で娘が故郷に帰ってきたのだ。 披露宴が始まった。いっぱいに開けた窓からは、素晴らしく澄み切った空と海が見渡せた。百人の賓客を前に若い新郎新婦は新しい人生に堂々と歩みだす旅人だと思わせた。 さて不思議なのは、若い人達のライフワーク。 結婚直前、新居準備中の娘を訪ねると、お父さんコーヒー飲む?と優しい言葉。甲斐甲斐しく働く新妻とはこんなもんかいなと台所に立つ娘を観察すると、ガスレンジのお鍋に水を入れ、沸騰したところでお玉ですくってカップに注ぐ。おいおい、この家にはやかんは、ないのかよ? お父さんが買ってやるよ。東急ハンズでお湯が沸いたらピーッと鳴って赤いヤツ。娘答えて曰く、要りません。この部屋にマッチしないものは、たとえボールペンの一本でも置きません。 父の頭の中「どゆこと?」(結局、結婚した今でも娘の部屋には未だに、やかんがないのだけれど)〜これが理解が出来ない良く判らん。 そう云えば新婚生活をスタートするのに買った家具は、アンティークな古びた食器棚と帆布貼りのソファくらいなもので、祖母から云わせれば質素で地味で可哀相。だけど、どうやらこれが若い二人のライフスタイルらしい。 披露宴の最後の盛り上がり。ナンチャンから娘への抱えきれない深紅のバラの花束が贈られる直前の、娘から両親への感謝の言葉の朗読。昨夜遅くまで、準備に追われ挨拶が出来なかったけれどお父さんが今日の披露宴のアイディアに関わってくれたこと、選曲とかお客様テーブルの名称とか(ちなみに私達のテーブルは「花嫁の父」。新郎の両親は「ゴッドファーザー」。友人達は「麗しのサブリナ」とか「釣り馬鹿日誌」とか新郎の上司のテーブルは「仁義なき戦い」が傑作。)そんな楽しい事に関わってくれたお父さんが大好きです。とか云われれば嬉しくない訳がない。 とにかく、何か理解を超えたところのある若い二人ではあるけれど、旅立っていった。 秋刀魚、苦いかしょっぱいか。ままよいずれにしても、わが娘に幸多かれと祈る父なのである。 岸修民 |
便風とは |
「びんぷう」と読みます。 意味は、「(1)追い風。順風。(2)便り。手紙。音信」を表します。 大辞林(国語辞典) |